仏になろう

「仏になろう」。
こういう言い方はキリスト教ではしません。
キリスト教は決してイエス・キリストになろうなんて言いません。
それは、イエス・キリストが神の子だからです。
キリスト教では、キリストを信じ、キリストに学ぼうというのがいいところです。

しかし仏教では、 「仏になる」 という言い方があります。
生きてるうちに仏になるということです。
もっとも死んでから仏になるのは 「お陀仏した」 とか 「オシャカになった」 といいます。
しかし死んでからではなく、生きているうちから仏になる。
それが仏教です。
仏には、なかなかなれません。
だけど、仏になることを目指して生きることです。

その点では、仏教は神道や儒教や道教と同じです。
神道では神々と人間はあまり区別されません。
儒教では孔子や孟子は聖人です。
儒教の理想は、孔子や孟子のような聖人になることです。
道教なら仙人になろうとします。それと同じように、仏教はキリスト教と違って、仏になろうとします。
仏教というのはそういう教えなんだと私は思います。