高みを目指して こそこそしない

虹が出た
司馬遼太郎の名著『坂の上の雲』。
「楽天家たちは、そのような時代人としての体質で、前をのみ見つめながらあるく。のぼってゆく坂の上の青い天にもし一朶(いちだ)の白い雲がかがやいているとすれば、それをのみ見つめて坂をのぼってゆくであろう」と1巻のあとがきに書かれてある。

とりわけこの小説は、団塊の世代のビジネスマンにとっては、バイブルとして愛読された。僕が長く在籍した会社でも、この小説をデスクの引き出しやオフィスの棚に置いている上司が沢山いた。

想像して欲しい。
のぼってゆく坂の上の青い天に白い雲がかがやいていたら、それのみをみつめて坂をのぼってゆく。少しでも白い雲に近づきたい。そんな純粋な心理が高みを目指して登っていく後押しをするのだと思う。

『坂の上の雲』では、明治時代人の楽天的な気質を描いているのだが、いつの時代でも、楽天的に高みを目指すことを忘れてはいけない。

高みを目指せ。
学業でも事業でも。
今の自分の実力よりも高い目標をみつけて、そこを目指して精進する。
到達したら、また新しく高い目標をたてて行動する。

人間は、気持ちが追い詰められていくと、とても滑稽な行動をするものだ。
滑稽な行動とは、予測できる行動と、予測していなかった行動の2つあるのだが。
「あーやっぱりな」というものと、
「あれッ?!やっちゃったんだ」というような印象をもつ行動である。

これらの行動は、結果が同じことと、行動原理の根っこが同じことで共通しているが、不安で気持ちが追い詰められていくと、人間は「疑心暗鬼」に取り憑かれ鬼に変容していくのだろう。

この世は苦しみばかりであると説いた仏教では、「無」と「空」を基本思想に多くの経典に人間の苦しみを救う知恵が伝えられている。その教えを実践することも大切だが、それだけに捕らわれると人間の生きるエネルギーが損なわれることもある。

もし、苦しみの原点が仕事の評価や、人間関係にあるならば、そんな負の気持ちを凌駕するために高みを目指せと言いたい。
グローバルにダイナミックに行動せよ、と言いたいのだ。

僕が今在籍しているNPOは、高みを目指した人材に溢れている。
毎日、夢を語り、目標を共有している。
逆に現状維持派には居づらいと思うのだが、もしご興味がありましたらご連絡ください。