ピカデリーの蜂蜜

 世界一地価が高いとされるロンドンの中心地で蜂蜜が作られているといったら驚かれるだろうか。

 ロンドンの目抜き通りのひとつ、ピカデリー大通りに店を構える高級食品店「フォートナム&メイソン」。300年を超える歴史を持つ老舗の屋上には、特注で作成された4個の巣箱が設置され、ひとつの巣箱に5万匹の蜜蜂が飼育されている。

ピカデリー大通りに店を構える高級食品店「フォートナム&メイソン」
ピカデリー大通りに店を構える高級食品店「フォートナム&メイソン」

 この巣箱から蜂蜜を採取、管理しているのは、「ロンドン・ハニー・カンパニー」の設立者である養蜂家スティーブ・ベンボウ氏だ。

スティーブ・ベンボウ氏
養蜂家 スティーブ・ベンボウ氏

 かつて旅行カメラマンであった氏は、パリ、ニューヨーク、リオーデージャネイロなど世界中の大都市で養蜂業を学び、15年前にロンドンの自宅マンションの物置から養蜂を開始した。現在ベンボウ氏は前述の「フォートナム&メイソン」をはじめ、美術館である「テート・ブリテン」「テート・モダン」「ナショナル・ポートレート・ギャラリー」の屋上にも巣箱を設置し、年間800瓶ほどの蜂蜜を生産している。

 ロンドンで養蜂業を始めた理由を「都会での養蜂業は意外に思われるかもしれませんが、ロンドンは世界の大都市の中でも公園など緑地部分が占める割合が高く、全体の65パーセントを占めています。街の中心にはグリーンパークやハイドパークがあり、実は蜜源は豊富なのです」と語っている。

 ロンドン産の蜂蜜と一口にいっても、地域ごとの街路樹や花壇など自然環境によって、その味わいに様々な違いがあるのが興味深い。「フォートナム&メイソン」の屋上で採取された蜂蜜には、本店からほど近いバッキンガム宮殿などの庭園に咲き乱れる花々の個性が蜂蜜の味わいにも反映されている。華やかなライムの香りと、甘ったるさのないさらりとした軽い後味が特徴だ。

僅か4つの巣箱から採取された限定品「巣入り蜂蜜」はオークションで一瓶500ポンドを超える値段がついた。
僅か4つの巣箱から採取された限定品「巣入り蜂蜜」はオークションで一瓶500ポンドを超える値段がついた。

 一方、下町であるタワーブリッジ付近の「テート・モダン」で採取された蜂蜜は、これとは全く異なる、バタースコッチ・キャラメルのようなこっくりとした甘さと濃厚な風味を持つ蜂蜜になる。いずれも正真正銘のロンドンの自然が育んだ、まさにロンドンを味わう蜂蜜だ。

 この蜂蜜が注目されている理由は、希少価値や話題性ばかりではない。

 イギリスでは殺虫剤塗布や環境破壊による蜜蜂の減少が憂慮されている。イギリス全土には現在25000人のアマチュア養蜂家がいるとされているが、自然保護団体「ナチュラル・イングランド」では、さらなる国内での養蜂を推奨している。養蜂ができる自然環境を作り上げることが、自然保護と動物保護、双方の観点から有効だとされているからだ。

 さらに現在の大都市が抱える食料供給問題は、商品の生産から廃棄までに排出される二酸化炭素排出量(カーボンフットプリント)削減問題なども絡み、将来深刻な事態となることが懸念されている。ベンボウ氏が取り組んでいる都会での養蜂業は、人口の過密化が進む都市の環境問題、食料問題を改善する新たな試みとしても注目されているのだ。

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ピカデリーの蜂蜜 養蜂家スティーブ・ベンボウ氏

ピカデリーの蜂蜜 養蜂家スティーブ・ベンボウ氏

ピカデリーの蜂蜜 養蜂家スティーブ・ベンボウ氏

ピカデリーの蜂蜜 養蜂家スティーブ・ベンボウ氏

ピカデリーの蜂蜜 養蜂家スティーブ・ベンボウ氏

ピカデリーの蜂蜜 養蜂家スティーブ・ベンボウ氏