群れで群れる一匹狼の末裔

夢のツヅキ

「私は一匹狼だ」と言ってる人間でも、一度群れの中で自分の座布団を広げてしまうと、その群れに帰属する意識がめばえるものだ。
「一匹狼」ほどではないが人と群れるのは嫌いだ、という気持ちを持っている人間でも、これと同様のことが起こらないとはいえない。
それは究極において人間は集団の中で生活することが本性なのだからと思うが、その動物的本性の部分はひとまず横においてこれからの話をすすめたいと思う。
そう、この一匹狼が群れたらどうなるか、というお話だ。

さて、群れの中で座布団を広げてしまった一匹狼は、集団の居心地の良さを味わってしまう。
それは禁断の蜜の味とでもいおうか。
それこそ、「おはよう」とか「さようなら」なんていう挨拶も覚えるし、グループのボスの行きつけのスナックなんかにも招かれたりすると、益々と布団の厚味は増し、座布団を枕にうたた寝だってできてしまうほど隙も甘くなる。

ほどよく慣れてきたときに、一つのハプニングが起こる。
この一匹狼のふらちの噂が集団内に広がるという思いもしていなかった現実だ。
一匹狼はよく知っている。
そもそも「噂」なんていうものは、集団という金魚鉢の中でしか生きないものだと。
以前はそんなことに動じなかった一匹狼も、この集団に見放されたら生きてゆけないと嘆き、火消しと保身に躍起になる。
噂の元が、よりによってこのグループのリーダーや長老で、思考回路が異様に止まっているまぬけな大人だとしたら、この噂も集団内ではコミック雑誌の如くたたかれていく。
思考回路が止まっているというのには補足が必要だ。
実際は止まってなんかいないんだ。
むしろ、異常に発達したといった方が適してるのかもしれないし、その思考の動きがおかしいというべきだったかもしれない。
まぬけな大人の思考回路というのは、一周400mトラックをいつも猛ダッシュしてグルグルと同じ軌道を周回している狭い世界観でつくられてたビーチボールの地球儀なのだ。

うー、なんか支離滅裂になってきたぞ。

そして、ついには一匹狼は牙が糸切り歯と退化し、八重歯が似合う子羊ちゃんになって、程好いレディーとして集団の注目の的になったりなんかするとしたら、所詮人生なんて一寸先もわかんないものなんだと開き直って生きていけばいいのかもしれない。

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