志があればいつでも新しいことはできる

横浜 ZAIMU

何か新しいことを始めたいと人間なら誰しも一度や二度考えたことがあるだろう。
三度以上、、、いっぱいいっぱい考えてきたという猛者も多いと思う。
考えるだけではなく、具体的に行動を起こすことだって、別に珍しいことではない。

人間が新しいことを始めるとき何が一番必要だろうか。
経営哲学では、「人」「モノ」「金」が三種の神器だと説いているし、それは間違ってはいない。
「金」はとっても重要だ。
金がなければ、人もモノも集められやしない。
でも、「金」以上に必要なのは「人」だ。
それはただの人ではない。
「友」という人だ。
価値観や夢を共有した友の存在が、新しいことを始めるには最も必要になる。

ただの「人」が、価値観や夢を共有した「友」に変わる。
そこにはパッションがある。
パッションは己の化身として外気に放たれた霊気。
その源は、己の「志と貫く意志」である。

しかし、残念なことにこの「志と貫く意志」がぶれる人間が実に多い。
その結果、己の身の保身のために、友を切り捨て、友を裏切り、それでいいのだと自己暗示して安心に入る。
「貫く意志」の弱い人間の言い草は、「動かない私がいるの」だとか「私には霊感があってそれを私は信じるの」。
まるで仏の申し子にでもなったかなような言い草である。
でもこの言い草は間違っていない。
きっと人間には目に見えない第六感が備わっていて、不安や不信や恐れやもろもろの苦しみが磁石のようになった自分の感性に遠くからひゅーっと飛びついてきてドッキングする。
霊感が働いたときは、それに委ねれば利口であるし安全である。(たとえ友がどうなろうとも、という言葉を付け添えておくが。)

岡本太郎は、おそらく、このことと闘っていたのではないだろうか。
人間の弱さ。
人間ではない動物的な振る舞い。
わかってるのだ。このままいけば身の破滅になるかもしれない。
第六感が送り出すシグナルと己の志との葛藤。
そして岡本太郎は叫ぶ。
「闘え」と。
他人にどう思われようが、この身が危うくなろうが、ここで貫く意志を捨てずに突き進め。
これが他の生物にはない人間の美徳であると。
志をもち、いつもぎりぎりのところで生きていく。
そうして死んであの世に往くとお釈迦様たちと談笑してこの人生を謳歌して過ごすことが出来ると。

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