京都駅の美学 Architecture of Kyoto Station

京都駅の美学 Architecture of Kyoto Station

京都は1200年の歴史と伝統が息づく、いにしえの都です。訪れる度に、ほっとする気持ちにさせてくれます。年間に5000万人もの観光客がやって来るといいます。月平均は400万人以上になります。

武士の世の中になっても京都に都が置かれていたこともあり、京都の1200年は、変化の連続でした。戦乱の舞台になることもしばしばあり。故に、この変化は、悠久の時間流れの上に築かれたというよりは、激しい時代の渦の中で培われた人間の知恵の積み重ねだといえます。

京都に漂う空気にノスタルジックな懐かしさを感じさせないのは、京都の持つこの独特の時代感覚があるためです。

そう、京都は常に変化し動いています。

「大文字山」「東寺の五重塔」「京都タワー」をミックスしたイラストは、今や京都を現す代表的なアイコンですが、「京都タワー」建設を巡っては大論争がありました。

1964年に開館した京都タワーは、建設当初から、古都である京都にこのような建造物が必要なのかについて賛否が分かれました。

これは建設当時、「東寺の塔よりも高いものは建てない」ことが不文律となっていた京都市で、歴史的景観との調和のありようが争点となったことがきっかけです。

政財界中心の建設推進派と、学者や文化人主導の反対派が世論を二分して議論されたこの論争は、都市の美観論争として、日本で初めてのこととされています。

結局、高さなどの法規制が厳しい建築物ではなく「工作物」として建設されましたが、この議論はこの後、1972年に施行された「京都市景観条例」に制定された巨大工作物規制区域設定の1項目として活かされることとなりました。

京都駅ビルも同様で、規模の巨大さとデザインの斬新さにより、建設時はもちろん建築後もその評価には賛否があります。

現在の駅ビルは、1994年の平安遷都1200年記念事業の一環として新築が計画されました。それは、異例の国際指名コンペ方式で行われ、最終的に原広司氏の案が最終案として採用されました。

「歴史ある古都の景観を破壊している」という批判意見は今もあるようですが、あと30年もすれば京都アイコンの1つになるでしょう。

「変化」「チェンジ」というスローガンをよく目にします。
今の自分の暮らし(日常生活)の変化に対して、人はなかなか「是」とすることに臆病になることがあります。京都の歴史に埋もれた名もない人たちの当時の営みを顧みた時、否応無しに渦に巻き込まれた宿命に多感に貪欲に立ち向かった姿をイメージしてください。そして、私たちの子孫に力強く世の中を生き抜いて欲しいと望むならば、今ある私たちが力強く居ることが肝要です。私たちもまた同様に時間の一滴(ひとしずく)として、昨日・今日・明日から延びる一本の線上にあるからです。