稼ぐに追いつく貧乏なし、浅野総一郎、端午の節句

2015年も五月に入ったとたんに、気が狂ったように走り込んでいる。
それが正気の沙汰とは思えぬほどなのだ。
一日から今日まで20Kmをキロ4分台。
今年で、御年ヤンキーズ松井の背番号と同じ数字になる俺が、
ランニングはじめて10年目だとしても、
まだまだ必死で動くタフな心臓にいかされているのだと、つくづく思う。
感謝以外の言葉が浮かばない。
母に感謝、父に感謝、、、、、家族に、友に、ご先祖様に、過去の記憶に感謝。
足首に感謝、足の親指に感謝、アキレス腱に、ふくらはぎに、感謝。
今日道端で見つけた草とカエルとベビとトカゲとミミズに感謝。

そういえば、今日、『稼ぐに追いつく貧乏なし』という言葉と出会った。
寿町一丁目の駄菓子屋の角を曲がった先に在る銭湯「松の湯」の脱衣場で。
フリチンで、鏡の前で手ぬぐいを絞ってる俺の脇で、男が呟いた、九転十起の男、浅野総一郎の懐言葉だ。
横浜育ちも、在横浜のひとも、物心ついたら浅野総一郎をもっと知るべきだと思う。
在横浜の公立小・中学校では、浅野総一郎を週に45分間学ぶ授業があっても不思議でないし、逆にそんなオリジナリティ溢れる教育が、先進都市の横浜で行われていないのが不思議でならない。
今日の地方自治は誰に気を使ってんだ! って叫んでやったら、「己だろ」って達磨大師が即直球で返してきやがった。

『稼ぐに追いつく貧乏なし』という言葉と出会って、つくずく父はそういう男だったんだなと。
思うのだ。

精神も肉体も、これからは必至で生きていくしかないと、端午の節句に気を引き締める気持ちである。

動画で見る 京都 護王神社(Go-oh shrine)の外壁の絵巻

所在地:京都府京都市上京区烏丸通下長者町下ル桜鶴円町385
主祭神:和気清麻呂公、和気広虫姫
社格等:別格官幣社・別表神社
例祭:4月4日

護王神社(ごおうじんじゃ)は、京都市上京区にある神社である。旧社格は別格官幣社。別称子育明神。
和気清麻呂と姉の和気広虫を主祭神とし、藤原百川と路豊永を配祀する。
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目を見て話せない人の良い点

あいつは信用できなよ!
だって人の目を見て話さないから、、、
ってな事を言う人がいる。
友達百人居て、人間付き合いが成功の秘訣なんだみたいなオーラを出していたりして、
偉そうな顔をしてるんだ。

僕は人の目を見るのが不得意で。
おのれ、ケンカ売ってんのか!
みたいな気分にさせたりしたらいやだから、
相手の目を見るのが怖い。

理由はともかく、僕と同じように目を見て話せない人って意外といるんじゃないかな。

目を見て話せない人の良い点

  1. 疑い深くない
  2. 記憶力が良い
  3. 人の悲しみに敏感

なんだって。
こんなこと、本当は薄々気がついていた事だと思うんだけど。
これからは気にしなくていいんだぜ。

京都の職人気質

仕事がはやい
丁寧
仕上げが美しい

京都に限ったことではないのかな?!
職人ってこういうことを言うんでしょうね。

阪神淡路大震災から20年

明日は、阪神淡路大震災から20年。
震災発生後に京都の実家に連絡した電話も、その数十分後には不通になった。
当時私は東京で大型プロジェクトを率いていた。
プロジェクトメンバーの半数が関西から来たエンジニアだったため、震災後の混乱ぶりは今も記憶に残っている。
プロジェクトメンバーの家族・友人の安否と、たまたま関西に戻っていたメンバーの安否を気にしながらもプロジェクトを進めていかねばならなかった。
当然だけど、、、、
震災の前夜に観た、オレンジ色に光る大きな満月は今でも瞼の裏くっきりと焼き付いている。

震災にあわれたすべてのみなさんと今も苦しんでいるみなさんのご多幸をお祈りいたします。